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戦後アヴァンギャルドからの連鎖としての「ガーリーアート」

森下 泰輔(ガーリー2010キュレーター、美術評論家)

 まずガーリーアートとは、戦後民主主義との連関において語られねばならない。このあたりは、くしくも複数の少女漫画論が有している視点と同様だ。そして、ガーリーアートとは、かわいい、クールジャパンのあとに来たものだ。

 現在、天皇制のバイアスが民主主義のほうへ拡張したことは事実である。そのため未曾有の危機的状況を迎えている日本経済、芸術文化のインフラ再構築のためには、あの幕末期のような論理では、到底乗りこえられないところまできている。幕末期の出来事は今日、ヴァーチャルなイメージとしてあり、それは水戸黄門のドラマのようにマンネリで紋切り型の様相を呈している。そのイメージを心に刻むことのみが希望の光なのはいうまでもないのだが……。いずれにせよ終わりのない日常、平坦な戦場、の時代は去った。
 では何をあの尊王攘夷派のように掲げればこの国の経済・文化は再生するのだろうかという命題が生じる。それは過剰な民主主義、ともすれば怪物化したエゴの論理とカオスにすら見える無責任の肯定、といった戦後民主主義暴走を止めることにあるのだろうか。否、そうではないだろう。また、資本主義、この拝金主義的な搾取連鎖の闇で一人勝ちすることがもし許されるのなら、そのことと民主的平等という一見相反する概念の統合というのは可能なのか、といった問題とも衝突することになってしまう。そもそもあの20世紀「冷戦時代」、社会主義に対峙して、「民主主義」と「資本主義」は仲良く共闘していた。いまや、ライシュの予見したようにそれは対立し始めた。ガーリーはその間にある。

 一方で、ポスト構造主義から始まったポストモダンは今日では冗談の一種として済ます場合があるが、ネグリとマイケル・ハートのようにマルチチュードを提唱するに至る。そこでは抽象性としての共同体が機能しているあまりラカンのいう想像界に限りなく近い現実界、あるいは象徴界が生じてしまったとも考えられるのだ。加えて情報化時代の到来といった未知の背景もある。むろんポストモダン論争があのパリから始まったように基本的にこうした考え、あるいは多文化主義といったものは国連的理念に覆われた西欧中心主義と解釈し得る。つまり「中心」からみた「周縁」論であり、ギリシア以来の西欧二元論と何も変化していない。多文化主義とは西欧と他者が構造的基幹部分を成す二元論であり、本来は中心と周縁の融合もしくは溶解状況が最も望ましかったはずだ。

 同時に経済および芸術文化の何をとっても西欧主導のシステムは根幹では崩れていない。これはヘレニズムとヘブライズムが統合されたアートなる領域でも同質の問題を抱え、芸術文化全般を見渡すとき、大文字のアートの重要性は実は以前より増大している。そしてもちろん世界美術史は重要であり無視できないものだ。

 こうした諸相、諸問題を抱えた中で今、日本から何を発信すべきかというドメスティックエリアの問題を探っていくことにしよう。

 ハイアート=男権領域、ガーリーアート=女性領域の陣地の奪い合い。サスティナブル・継続(男)、メタボリズム的代謝(女)。男、理論、冷たい、硬直、継続。女、生存させようとする力、循環。外国哲学がドメスティックエリアを覆ってしまった後、再度、象徴体系からの逃亡を果たすこと。同時に象徴体系もまた瓦解し始めた中での出来事としての。それをガーリーアートの中に見る。

 端的にいって岸田劉生が「初期肉筆浮世絵」(大正13年)で記したように、わが国は造形原理・理念を形成するのが伝統的に不得手であって、岸田は「風俗画」に日本美術の最優位性を見出したが、事は現在でも同様だろう。そして風俗画のモデルとしてあったのは女性性、女性原理だった。今日、女子性、ギャル性を主題とする「ガーリーアート」という概念を措定するに、このことは未だ有効だと考える。
 いわゆる美術におけるかわいい、怖かわいいものは、イノセントが一方で恐怖を行使し得る時代とでもいうのか。しかしそうした時代は、むしろ管理システムが強化されている。しかも自動的に強化されていることは自明であろう。敵がよく見えないからこそイノセントは牙をむくのだ。それではフェミニズムは何にむかって牙をむくのか? 性の抑圧の強大な過去に他ならない。それは皮膜で区別された場でしかなく薄い皮の下には保守的なピュシスがある場であると思う。SFや漫画・アニメが重層的な強度を持ちうるのならそこにこそ人工的な過激さがあるはずなのだが、「連合艦隊」というスペクタクルな映画上の虚構としての太平洋戦争がリアルでありアンリアルである場、それこそが現在であり、ガーリーはそのような情報を血肉化することによってイノセントを超える。

 ここで、今日のガーリーアートに与え得る標語(コピー)を分析することで終えよう。実はそれがもっとも分かりやすいと考えるからである。
「清く、正しく、美しく」これは民意が女子に与えた目標であり、戦前の宝塚から始まったとされる。あの川口の勤労少年少女を主題とした映画「キューポラのある街」(1962)における日活清純派においての吉永小百合への標語であった。90年代、インディーズ・アイドル、制服向上委員会のコピーとなり、理想的女子高生像はレトロモダン的に復古した。そして、ハロプロ主導モーニング娘、その後の秋元康主導AKB48まで、原点で利用してきたコピーでもあった。
 だが、実は「清く、正しく、美しく」は形骸化している。現在なら「可愛く、優しく、美しく」だろう。つまり何が「清い」のか「正しい」のかが不確定化し、倫理主体の定義が霧に包まれ、「可愛い」「優しい」といった抽象名詞に付加価値が生じリアリティが増大したための現象だといえる。
 1955年、岡本太郎は前衛芸術の定義をかいつまんで、「心地よくあってはならない。きれいであってはならない。うまくあってはならない。」とその原則を説いたが、篠原有司男は「前衛の道」(1968)で、これを「早く、美しく、リズミカルであれ」と改竄した。当時アメリカンポップのイミテーションを標榜していた篠原の感性が捉えたもので、まさにウォーホル的な美学だといえよう。そこでは前衛芸術は一度死んでいる。

 現在、女子性、ギャル性を帯びたガーリーといわれるものは主にサブカルチャーでの現象として目立っている。もっとも、元来英語のガーリーは男に媚びを売るといった俗語でおしゃれな意味からは程遠いのだが。今日のガーリーを「可愛く、優しく、美しく」と擦り合わせるとまったく合致する。ガーリーアートの本質も同様だといえる。
 芸術的一行コピーとしての「早く、美しく、リズミカルであれ」は、ポップアートがあらかじめ定められたように市場原理に組み込まれてしまうと輝きを失った。むしろレトロ前衛の「心地よくあってはならない。きれいであってはならない。うまくあってはならない」とガーリーアートとの関係性を考察したい。
 前衛は現在のガーリーの定義「可愛く、優しく、美しく」と対峙するのだろうか。そうではなく、少なくとも「可愛く、優しく」は矛盾しない。これらは、そもそも女子アカデミズム「清く、正しく」のアンチテーゼとして機能してきたからだ。それでは、「美しく」はどうであろう。いや、これも芸術論にしても社会科学論においても「美学」の問題として生じるため、実は伝統的アカデミズムに対立して「可愛く、優しく、(しかも規範のようには)美しくあってはならない」意と考えることができるだろう。その意味でポストモダン的「反美学」はすでに織り込み済みなのだ。
 つまりサブカルチャーのエッセンス上にすでにレトロアヴァンギャルドとしての「ガーリー」の構築は十全に潜んでいた、ということになる。今回キュレーションした際、ゆえにサブカルチャーとハイアートを同一平面上に並置する必要があり、そのタームは「可愛く、優しく、(しかも従来のアートのように)美しくあってはならない」ということになる。これをガーリー・レトロアヴァンギャルド・アートへのはなむけとしたい。



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